▶ 2015年10月号 目次
村上春樹の新刊を買い切りにした紀伊国屋書店の思惑
~取次への"ゆさぶり"が目的~(下)
佐久間憲一(牧野出版社長)
そして、この流通システムのもう一つの特徴だが、書店は本や雑誌をすべて独自の判断と裁量で仕入れているわけではない。つまり、書店が注文しなくとも取次から書店へ毎日自動的に配本されているのである。もちろん、書店が注文した商品(本や雑誌)も届けられるが、極端にいえば、書店が取次へ一切注文しなくとも、つまり仕入れのことを考えなくとも、書店には自動的に商品がやってくるのである。仕入れに創意工夫を凝らす、通常の小売店(業)のあり方から見れば、なんとも奇異な印象を受けるかも知れないが、これが実情である。
書店は届いた商品をひたすら棚に並べ、お客が買っていく。売れない商品は返品して、売れる商品に並べ替える……それで、書店も取次も版元も成立したハッピーな時代が、たしかにあったのだ。
それが、慢性的に本の売れない時代となり、1999年時点で22200店あった書店は、2014年時点で約13700店まで減少した(出版調査アルメディアによる)。返品率は40%を越え、いくら仕入れリスクがないとはいえ返品作業に追われれば、それに関わる労力は当然大きなロスとなり書店経営を圧迫していく。しかも、書店から取次への支払いは、返品相殺方式であるから、売れそうにないと判断した本は、さっさと返品。場合によっては荷物もほどかず即返品、といったケースもけっして例外ではない。1958年に構築された現行システムの限界を放置してきたままの結果でもある。
こういった背景のなかで、今回の紀伊國屋書店の試みは、取次への“ゆさぶり”が本来の目的だったと言えるだろう。
紀伊國屋書店が買い切りにした9万部の取引条件は明らかにされていないが、おそらく定価の60%程度。返品がないから版元にとっては十分の条件だ。紀伊國屋書店からは自社と大日本印刷(DNP)グループ傘下の丸善やジュンク堂書店などへ卸される分と、取次3社(トーハン、日販、大阪屋)や他の書店へ卸される分に分かれる。つまり、前述の〈出版社→取次→書店〉という流通ルートから、〈出版社→紀伊國屋書店(&大日本グループ傘下書店)→取次→書店〉になったのである。後者の経路では買い切りのみということだろう。
若干補足すると、紀伊國屋書店とDNPは今年の4月1日に、出版流通市場の活性化および新しいビジネスモデルの創出を目的として合弁会社〈株式会社出版流通イノベーションジャパン(PMIJ)〉を設立している。
丸善やジュンク堂書店にかんしては、紀伊國屋書店がマージンを取っても、70%の正味(卸値)で受け取り30%の粗利は確保できたであろう。しかし、その他の書店の場合、けっきょく取次を介すことで通常正味となったようである。そうであれば、返品ができるいままでのルートで仕入れれば良いわけで、今回の試みに対する一般書店からの評判が芳しくないのはそういった事情と推察される。
じっさい、「紀伊國屋を除いて、東京書店組合は日書連加入の書店だけで400店を超えているにもかかわらず、注文は2割の店にも満たず、注文部数わずか500部だった」(小田光雄≪出版クロニクル89;2015年9月1日〜9月30日))
紀伊國屋書店は、この10月にも10社超の出版社と買い取りの実証実験を始める(日経新聞8/21)ようだが、今回のように取引条件を非開示にすることなく、オープンにするべきだ。そうすることで、委託制のメリットを強く訴え、買い切り制への移行といった情勢の次への1歩となるのではなかろうか。
佐久間憲一(牧野出版社長)