▶ 2015年11月号 目次

シールズで社会が変わる時

李洪千


 シールズの安保法制反対デモの様子を見て、韓国で起きた2つの歴史的場面を思い出した。一つは28年前の1987年に起きた民主化デモである。民主化を要求するデモで日が暮れる時期だった。催涙ガスを発射する警察と火炎瓶を投げるデモ隊が衝突する場面は連日トップニュースを飾った。しかし、民主化に決定的な役割を果たしたのは火炎瓶ではなく白いワイシャツのサラリーマンたちだった。経済が右肩上がりの時期であったこともあり、彼らは政治に対して見て見ぬふりをするいわゆる「無関心層」だった。目の前の生活が豊になれば良いだけで、社会の不条理は自分のことと思わなかった人たちである。彼らがワイシャツを腕まくりし、催涙ガスが漂う街へと出かけた瞬間、韓国社会は変わった。彼らを目覚めさせたのは、皮肉にも権力側だった。デモで捕まった学生運動のリーダーが政権側の拷問で死亡し、政権側はそれを隠蔽しようとウソをついた。それが報道されると、政治に無関心な人々の心に漂っていた気化した不満に火が付いた。
 もう一つは13年前の2002年の大統領選挙の時だ。インターネットを駆使した若者はマイノリティだった盧武鉉を当選させた。筆者は選挙スタッフとして参加し、若者が政治を変えていく様子を間近で見ることができた。選挙期間中に広がった反米デモが選挙結果を変えた。そのうねりはネットで「抗議しよう!」という一人の書き込みから始まった。韓国全土から何百万人もの人々はロウソクを手にして反米デモに集まった。うねりは海外まで広がり、世界各地でロウソクデモが行われた。
 今年の安保法制に反対する動きのうちもっとも注目されたのは、シールズ(自由と民主主義のための学生緊急行動)である。シールズの活動は1987年と2002年の韓国で起きた出来事と重なる部分が多い。彼らの中心は20代前後の学生である。シールズは、ツイッターやフェイスブックといったソーシャルメディアはもちろん、ネットで動画を発信する活動を行っているのが特徴だ。
 今は全国的な知名度を誇る存在であり、国会の公聴会にも呼ばれるほどである。それにしても、彼らの活動もネットで書き込んだ一つのつぶやきから始まったわけだ。法案に反対する若者は偶然ツイッターから同じ考えを持つ人が大勢いることに気付く。そこから横のつながりが出来上がる。デモに参加し、シールズ学生の演説を聞き、活動に参加するようになった若者も少なくない。そのうねりに賛同して、地域でシールズ〇〇(〇〇は地域名)が結成されるようになった。そこに慶應義塾の文字がない。社会変化の先頭に日本をリードする大学の旗は見えないのは残念だ。