▶ 2015年12月号 目次
どこまで続く橋下徹人気
七尾隆太
黄葉したイチョウ並木が映える大阪のメーンストリート、御堂筋を11月末の日曜日、F1カーが疾駆した。公道に響く爆音、100台ものフェラーリに、沿道を埋めた市民らは興奮した。橋下徹大阪市長の肝いりのイベントで、夕刻からは道筋のイルミネーションが点灯した。会場に姿を見せた橋下市長は「誰もできないことをするのが橋下市政の基本。お役所発想ではだめだ」。その橋下市長は12月18日の任期満了で退任する。ご本人は「私の人生から政治家は卒業だ」と表明しているが、本気にする人はいない。
11月22日、大阪府知事、大阪市長のダブル選挙の投開票があり、橋下氏が率いる地域政党「大阪維新の会」の候補者が大勝した。知事選は、現職の松井一郎氏が前府議の栗原貴子氏の倍近い得票を獲得して再選、市長選では前衆院議員の吉村洋文氏が前市議の柳本顕氏に約9万票の大差で当選した。府知事選では早くから、現職の松井氏の優勢が動かないとの予想が大勢だったが、注目されたのは橋下氏の後継を争う市長選。序盤の新聞各社の情勢調査では柳本氏がやや優位だったが、11月中旬の調査では、そろって吉村氏の「やや先行」「ややリード」と逆転。勝負はその通りになった。
大阪市長戦に「大阪維新」が圧勝した最大の要因は、やはり橋下氏の存在感が大きかったといえそうだ。「橋下代理選挙」との見方もあった。各紙の投票日の出口調査では、「橋下氏を支持する人の92%が吉村氏に投票した」(読売)、「『維新』の支持率が住民投票時に比べて大幅に増加した」(朝日)。逆に「自民支持層の41%が吉村氏に投票、柳本氏は自民支持層を固め切れなかった」(読売)。柳本氏が自民のほか、民主、共産の自主支援を受けたことに、橋下氏らから「野合のなれ合い政治」と批判されたことも響いた、との分析もある。
要するに、大阪市民は、経済の地盤沈下に一向に歯止めがかからず、生活保護が全国一といった大阪の現状を、荒療治でもいいから打開してくれそうな方に軍配を上げた、と言えないか。)
プロデューサー木村政雄は、橋下氏について、「何もかも東京に一極集中し、大阪人がプライドを持ちにくい状況にあって『何が東京やねん』と大阪の気持ちを代弁してくれる人は今、橋下さんしかいないんじゃないか」(11月9日付毎日大阪版)と語っている。
松井、吉村両氏は、5月の住民投票で僅差ながら否決された大阪都構想に、公約通り再挑戦する。「大阪都構想」は政令市の大阪市を廃止し、東京23区のような複数の「特別区」に再編する制度改革。府と市の二重行政を解消して効率化を図り、産業政策も一元化して国際競争力を高めるのがねらい、としている。この構想には、根強い批判も続いている。『大阪都構想が日本を破壊する』の著書もある反対派の急先鋒、藤井聡・京都大大学院教授は「住民投票で否決され、最後のチャンスと言ってたのに再挑戦を宣言するのは、閉店セール詐欺と同じだ」と強く反発する(『新潮45・12月号』)。
もっとも、大阪維新は大阪府、大阪市の両議会とも、過半数に届いておらず、この先、幾重ものハードルが待ち構えている。賛否対立の続行はやめて、丁寧な議論を願いたい。
それにしても、橋下氏の言動は知事、市長の8年間、激震の連続だった。歯に衣着せない鋭い発言力、情報発信力、存在感は「稀代の政治家」とも言われた。異論を唱える相手にはツイッターなどで挑発的な言葉を浴びせる乱暴なやり方には批判もある。個人攻撃にさらされるのを避けて、橋下氏に対する表だった発言を控える識者も少なくない。記者会見で、乱発する下品な表現をそのままには記事にできないと、女性記者から明かされた。橋下氏の大阪に関する発言は、東京などからみるとマイナス情報、と指摘する声も聞いた。
引退表明した橋下氏だが、最近は「私人になれば自由にやらせてもらう」とも述べているようだし、以前にも、「2万パーセントない」と言いながら大阪府知事選に出馬した前歴がある。朝日の出口調査では、橋下氏の政界復帰を50%が望み、「復帰してほしくない」(29%)を大きく上回った。橋下人気は衰えを知らない。大阪では、早ければ来年の参議院選、あるいは次の衆院選にでるのでは、との見方もある。年明け1月には、維新政治塾の講師に起用されることが決まっている。市長引退を機に、メディアには橋下府政・市政の8年間の功罪の検証を望みたい。
七尾隆太(元朝日新聞記者)