▶ 2015年12月号 目次

<シネマ・エッセイ>「ヒトラー暗殺、13分の誤算」

磯貝喜兵衛


最近読んだ『第3帝国の愛人』(エリック・ラーソン著:岩波書店)は1933年から3年間、ナチ政権下のドイツでアメリカ大使を勤めたウイリアム・D・ドッドとその娘、マーサを中心に描いた歴史ノンフィクションである。ヒトラーが全盛期に向かうベルリンで対独外交に苦闘する話だが、この本の終章ではヒトラーがSA(突撃隊)幕僚長、レームら116人を粛清する話が出てくる。
情け容赦なしに政敵を抹殺したヒットラーだが、この映画は1939年11月8日、ミュンヘンで起きた彼の暗殺未遂事件を詳細に描いている。犯人はゲオルク・エルザーという36歳の家具職人。南ドイツの寒村でキリスト教信者として平凡な生活を送るエルザーは、近所に住む人妻との不倫が続く中で、日ごとに高まるナチズムの暴威に悩まされるようになる。

親しい仲間の検挙などで精神的に追い詰められたエルザーは、ポーランド侵攻で意気上がるヒトラーが,ミュンヘンの酒場で記念講演をする日を選んで暗殺を計画。手作りの時限爆弾装置を仕掛けるのだが、ヒトラーは悪運強く、演説が予定より13分早く終わったため、会場を去った直後に爆発が起き、聴衆8人が死亡するだけで奇跡的に難を逃れる。
逮捕後の犯人のエルザーの取り調べに当たる刑事警察局長、ネーベと秘密警察・ゲシュタボはエルザーの単独犯行はありえないと考え、英国諜報部の関与を疑って残酷な拷問をしつように繰り返す。