▶ 2016年2月号 目次

自著を語る「21世紀の格差」③
同一労働同一賃金を徹底して非正規への差別をなくせ

髙橋琢磨


アベノミクスの行き詰まりと「同一職(労働)同一賃金」

安倍首相は、施政演説の中に「同一労働同一賃金」という項目を取り上げ、成長と分配の好循環を目指すとした。「同一労働同一賃金」とは、アベノミクスを批判する野党が唱えていたものではなかったのか。
なぜ首相は立場を変えたのか。アベノミクスは、金融緩和、円安によって株価上昇を支え、輸出増、設備投資増、賃金の上昇というトリクルダウン(浸透)を唱えてきた。もともとアベノミクスにいう、企業の儲けがしたたり落ちるように賃上げに至る、という「トリクルダウン」は幻想でしかないことは、『21世紀の格差』の中でも指摘したことだ。そのことに首相周辺もやっと気が付いてきたのだ。あまつさえ、年初来の株価下落でアベノミクスの一枚看板すら剥げ落ち始めた。
経済が、景気がよくなければ選挙戦が戦えない。動機が不純だとしても、アベノミクスが「同一労働同一賃金」を唱え始めたことは、「わが意を得たり」である。なぜなら、それが『21世紀の格差』の中で提唱した最大のポイントであるからだ。
だが「同一労働同一賃金」を口にし、野党の戦うポイントを奪えばそれで十分だ、それだけで選挙に勝てる、というレベルで決して終わってはならない。なぜなら、それは少子化への最大の対策であり、70,80まで働き高齢化社会を乗り越えていくための最大の手段であるからだ。オランダを初めEU諸国では当たり前のことになっているからだ。
日本では職務内容があいまいなために「同一労働」の線引きがむずかしく、困難だ。非正規労働が40%にもなろうという時に手が付けられない、等々、できないという理由がならぶ。そうした中、同一賃金をどう進めるのか。
一言でその政策をいえば、前回も指摘したごとく「春闘」のリストラだ。その「春闘」を分解したものの一つが、「働き方革命」だ。
著者の唱える「働き方革命」とは、「春闘」の下での「1.0稼ぎモデル」を「1.5稼ぎモデル」に変えることだ。男女がともにフルに働くという「2.0稼ぎモデル」の先進国、アメリカでも1950年代まで遡れば「1.0稼ぎモデル」は75%と、日本よりも高かった。
現代アメリカの「2.0稼ぎモデル」はあまりにも余裕がない、つまりリスクへの糊代が全くない状況だ。日本では医療が皆保険となっていて、その面ではアメリカの情況よりはよいが、女性の受入れが十分ではないという意味でアメリカに劣る。日本の「2.0稼ぎ」は制度がついていっていないので、モデルにはなっていない。スウェーデンでの「2.0稼ぎモデル」は、あまりにも「社会的」な側面が強い。
こうした中、どうすればよいのか。著者が唱えるのは、汎欧州型といってもよいかも知れないが、オランダ型「1.5稼ぎモデル」だ。
「春闘」を分解した今一つが年功賃金体系の解体だ。これは、別の形の「働き方革命」でもある。この点は後述する。