▶ 2016年2月号 目次

<シネマ・エッセー> ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります

磯貝 喜兵衛


  ブルックリンといえばニューヨークの中心、マンハッタン島から川一つをへだてた下町で、戦後少したってから日本で上映された「ブルックリン横丁」を思い出す。貧しい一家の心あたたまるエリア・カザン監督の名作だったが、この映画も40年間そこに住み続けてきた老画家(モーガン・フリーーマン)と妻(ダイアン・キートン)の夫婦愛をコミカルに描いている。

かつては貧しい人達のアパートが多く、下町的だったブルックリンが、今では若い人たちに人気のある住宅地になっている。窓からクラシックな吊橋が見え、屋上には菜園もある快適なアパートの5階に住む老夫婦にとって、唯一の難点はエレベーターが無いこと。二人と老愛犬には階段を登るのが唯一の苦痛で、不動産業の姪の手を借りて、アパートを売りに出したことで波乱が起きる。

回想場面で描かれる主人公の黒人画家と白人教師の結婚については、家族や友人の反対もあって尋常一様でなかったのだが、それを乗り越えて二人が築き上げてきたスイート・ホームだけに、愛着も断ちがたい。売りに出したところ950万ドルという高値がつくが、同時に足腰を痛めた老犬(ダックスフント)の入院、手術がからんで頭が痛い。

その上、ブルックリンで橋の橋脚近くに乗り捨てられたタンクローリーに爆弾が仕掛けられたのではないかという事件が起き、買おうとしているマンション近くでも爆弾テロ犯らしい男が民家に立てこもる騒ぎが起きる。その都度、入札による売り値、買い値がもろに影響を受けるので、夫婦は事態の推移に一喜一憂する。最近起きたフランスのパリやアメリカのテロ・銃撃事件と重ね合わせ、テロの恐怖がいかに日常化しているかを考えさせられるシーンでもある。