▶ 2016年4月号 目次

最高裁判決をきっかけに認知症対策を真剣に考えよう

木村良一


 認知症の高齢者が徘徊中に列車にはねられ、JR東海が振り替え輸送の費用を家族に求めた訴訟で、最高裁が3月1日、1、2審の判決を覆して画期的な判決を下した。「家族には損害賠償責任がない」という初判断。認知症の高齢者を介護する家族にとって朗報である。
 ただし最高裁は「家族が監督義務者に当たるかは総合的に考慮すべきだ」とも判断している。つまり介護する家族に監督義務がなくなったわけではなく、今後もケースごとに個別の事情を考えて決めていかなければならない。
 高齢社会が進めば進むほど認知症の高齢者が引き起こすトラブルは増えていく。認知症とどう付き合っていけばいいのか。最高裁判決をきっかけに考えてみよう。
 事故は2007年12月に愛知県内の駅で起きた。91歳の男性が、妻がうたた寝をしている間に徘徊し、線路内に入ってはねられ死亡した。
 名古屋地裁は同居の妻の過失と横浜市に住む長男の監督義務を認め、計720万円の賠償を命じた。2審の名古屋高裁は妻だけに半分の賠償を求めた。その後、JR東海と家族の双方が上告した。
 妻は当時85歳と高齢で介護認定も受けていた。老老介護の状態だった。長男は月に数回訪ねる程度で20年以上、同居していなかった。
 最高裁は「配偶者や長男だからといって無条件に監督義務があるとする法的根拠はない」としたうえで、家族の心身の状況など6要素を総合的に考慮して監督義務者かそうでないかを決めるべきだと判断した。
 だれもが当事者になる可能性があるだけに各新聞とも最高裁判決のニュースを大きく扱うとともに社説でも取り上げた。その社説は「実態に即したもので妥当といえる」(朝日)、「高齢化社会を見据えた現実的な判断と評価したい」(毎日)、「認知症高齢者を介護する家族らの不安を和らげよう」(読売)といずれも高く評価している。
 しかし前述したように家族に監督義務がなくなったわけではない。現在65歳以上の高齢者の7人に1人が認知症といわれ、団塊の世代が75歳以上となる10年後には5人に1人に当たる700万人に増えると推定されている。認知症の高齢者と同居する家族には、損害賠償を負う危険性が常にある。

認知症の肉親が電車にはねられて死亡し、賠償を求められる。火の不始末から火事を起こしたり、他人を事故に巻き込んだりすることもあるだろう。悲劇を繰り返さないように認知症対策が求められるのは言うまでもない。