▶ 2016年8月号 目次
<ジャーナリストをめざす若い人へ>
ドキュメンタリー制作者の国際的な活躍とNPO法人の役割
天城 靱彦
Tokyo Docs というドキュメンタリーのイベントがある。ドキュメンタリーの国際共同制作のための公開企画提案会議で、テレビ局に属さないドキュメンタリー制作者が自らの企画を欧米やアジアから招聘したテレビ局のプロデューサーに向けて公開の席で提案する。企画を抱えたディレクターとテレビ局のプロデューサーのお見合いの場のようなもので、お見合いをキッカケに国際共同制作の実現に向けた交渉が始まる。2011年の立ち上げ以来の5年間で20本の国際共同制作ドキュメンタリーが生まれている。
このTokyo Docs を主催しているのは東京TVフォーラムというNPO法人である。その運営を支えるのは個人、団体、賛助に分かれた会員制度であり、各種の財団や企業、政府の支援も貴重な財源である。
Tokyo Docs がスタートしたのは東日本大震災直後の2011年秋で、その年には津波災害や原発事故に関係する多くの企画が提案された。その中で最優秀企画に選ばれたのは「波のむこう」というロンドン在住の日本人女性の企画である。母親の故郷の福島県浪江町の人たちの東京電力に対する簡単には白黒つけがたい複雑な胸の内を描きたいという、被災者の親族ならではの視点による企画に多くの欧米のプロデューサーが強い興味を示して、結果的にはBBCを始めとする7カ国との国際共同制作が成立して各国で放送されて大きな反響を呼んだ。
この女性ディレクターは東京大学大学院で西洋史を専攻したのちにオクスフォード大学の大学院で中世魔女裁判の歴史を研究し、大学院終了後に映像制作に転身してヨーロッパ各地で開催されるドキュメンタリー制作に関する研修に参加して経験を重ねたという異色の人材である。こうした研修を主催するのは人材育成に取り組むNPO的な非営利団体であり、ヨーロッパではこのような団体が数多く活動している。
Tokyo Docs を主催するNPO法人東京TVフォーラムでもTokyo Docs Academy を開設して若い人材の育成に努めている。今年はさらにMasterclassを開設して特に優れた企画をもつ将来有望な若いドキュメンタリー制作者に対して、ドイツ人の優秀なプロデューサーを講師に委嘱して集中的な研修プログラムによる特訓を施している。この中から間違いなく新たな人材が生まれてくるものと確信している。
ところで、ドキュメンタリーを制作するのはテレビ局に属さないディレクターというのが世界の大勢である。局内制作のドキュメンタリーが多くを占めるというのはNHKとBBCくらいかもしれない。いわゆるヒューマンドキュメンタリーだけではなく本格的な調査報道ドキュメンタリーでも製作会社の制作者が果敢に挑戦してすぐれた作品を生んでいる。最近ドイツのテレビ局で放送されたロシアのドーピング問題の闇を描く調査報道ドキュメンタリーはドイツの制作会社が世界に問う注目作だった。ヨーロッパではドイツ、フランス、デンマークなどに調査報道を専門とする制作会社がいくつもあって力作を多数生み出している。制作された調査報道ドキュメンタリーの露出先はテレビ局という伝統的なマスメディアだが、制作会社と契約するインディペンデントなドキュメンタリー制作者がイニシアティブを握っている。
昨年のTokyo Docs で優秀企画賞を受賞した「Red Children」という企画は、中国の文化大革命に多くの欧米人の子弟が紅衛兵として参加していたという隠れた事実を発掘したことで大きな関心を呼んだ。文革50年という節目の年に何らかの形でドキュメンタリーとして描きたいと思いながらも切り口が見つからずに断念していたという欧米のプロデューサーたちから極めて新鮮な企画として高く評価された。この事実を発掘したのは日本の制作会社の若い中国人ディレクターだった。この企画をもとに多くの国のテレビ局が参加する形で国際共同制作が成立してこの秋に世界で放送される。
ドキュメンタリー制作者たちは自分の企画を売り込むためにTokyo Docs のような場を世界中に求めていて、世界各地でNPO法人などの非営利団体がそうした場を提供するために活発な活動を続けている。モータースポーツのF1のサーキットのように毎月どこかで公開企画提案会議が開催され、意欲ある制作者は次々とそれに挑戦している。その参加費用を助成するNPO法人などの活動も活発で、東京TVフォーラムもそうした取り組みを強化している。ドキュメンタリー制作者とテレビ局などを結ぶNPO法人などの役割は大きくなる一方である。
最近ではノンフィクションの世界でも調査報道を支えるNPO法人がアメリカや日本で生まれている。アメリカではNPO法人だけではなく大学がその機能を果たすケースもあるという。マスメディアに頼らずに個々の制作者やジャーナリストがイニシアティブをとって活動する時代が間違いなく到来している。
天城靱彦(NPO法人東京TVフォーラム理事長)