▶ 2016年8月号 目次

<ジャーナリストをめざす若い人へ>
注目の「調査報道」 ディープスロートを呼び込む力を養いたい

木村 良一


 米国の地方紙が教会のスキャンダルを報じた実話に基づく映画「スポットライト 世紀のスクープ」や、世界のジャーナリストが協力し合って権力者の課税逃れを暴いた「パナマ文書」の報道ぶりが、注目されている。いずれも当局の発表に頼らず、独自に取材を重ねて不正を暴く調査報道が根底にある。調査報道はインターネットに押されがちな新聞が生き残る手段として期待され、7月には私も参加する慶大メディア・コミュニケーション研究所(旧新聞研究所)の学生とOBによるミニゼミの研究テーマとしても取り上げられた。
今回は私にとっての調査報道について述べたい。
 30年以上の新聞記者生活のなかで、調査報道と聞いてまず頭に浮かぶのが、朝日新聞が報道して大型の贈収賄事件にまで発展したリクルート事件である。朝日の一連の報道は、1988(昭和63)年6月18日付朝刊社会面トップの記事から始まる。「川崎市の助役が店頭公開前のリクルートコスモス株の譲渡をリ社から受け、1億2000万円の利益を得ていたことが、朝日新聞社の調べでわかった」という記事だ。
 確か、この朝日の記事について新聞やテレビは「時効で贈収賄事件にはならない」と判断したものの、すぐに追いかけた。その後も「朝日の調べで分かった」という朝日新聞の報道は続き、1面トップでコスモス株が政官財界にも譲渡されていたことまで次々と報じた。世論も権力者が巨額の利益を得る「ぬれ手でアワ」の構造に怒りを爆発させた。
 そうなると、報道各社は朝日の後追い取材だけでなく、独自にコスモス株の譲渡先を調べ始める。年明けには東京地検も本格的捜査に乗り出した。
 当時、私は産経新聞東京本社の社会部警視庁記者クラブ詰めから事件担当の遊軍記者に異動になったころで、このリクルート事件を数人の同僚といっしょに担当した。しかしどこをどう取材して朝日の調査報道の裏を取ったらいいのか、右往左往させられた。直当たりしても相手は逃げ回る。関係者も口を開かない。
 そのうち「朝日はコスモス株の譲渡先リストを入手している」という情報が流れ、リ社やコスモス社の株主総会議事録などを法務局で閲覧したり、関係先を夜討ち朝駆けしたりしては、リストの割り出しに追われたのを覚えている。