▶ 2016年10月号 目次
地震は予知出来る ~発生前1週間への挑戦~ 上
早川正士
2011年の東日本大震災後、東海、東南海、南海地震という海溝型地震の襲来が注目されていた中、断層型地震の熊本地震がほとんど予測されていなかったにもかかわらず発生した。関東直下型地震も喫緊の課題として、その地震予知への国民からの期待が高まる一方で、依然として地震予知不可能論が根強いのも現実だ。そこで、拙稿では、「地震は予知できる」という立場に立って、短期予知、地震予知学、地震予知の可能性を紹介し、最後に地震予測情報を活用した危機管理などの将来の方向性を提案する。
1.地震の短期予知とは
地震予知は、その時間スケールにより長期(100年以上)、中期(数10年)及び短期(数週間~1ヶ月)に分類される。私たち“地震予知学”に携わる研究者が興味あるのは「短期予知」だけである。即ち、地震の前に「いつ、どこで、どれ位の規模(マグニチュード)」の地震が起こるのかを決めることである。しかも、これら三要素をそれなりの精度で決めなければならず、もともとすこぶる難しい仕事である。この短期予知で最も強調したいことは、予知により人命を救うことが出来るということだ。
読者は永らく「地震予知はできない」と聞かされている。いわゆる「地震予知不可能論」だ。2011年東日本大震災後、2013年にも国は改めて「地震は予知できない」と社会に宣言し、新聞紙上で大きく取り上げられたことを皆様は記憶されていよう。これは“地震学”の手法では短期予知は困難であるという結論であると理解すべきだ。
因みに、長、中期予測(予知は適切でなく、予測という)は過去の事例に基づく確率予測で、「南関東ではここ30年でマグニチュード7クラスの地震が起こる確率が70%」という予測をよく耳にされていると思う。都市計画や地震保険料の設定などにおいてそれなりの意味はあろう。しかし、あくまで確率であり、来週地震が来るのか否かはわからないと言える。例えば、今回の熊本直下型地震も国の地震調査推進本部が発表しているその地域での中期予測では1%程度だったが、実際には地震は起こってしまったのだ。従って、国民誰もが「日本中どこでも地震は起こる」を念頭におくことが重要であり、この考えが災害軽減のための防災では基本だと言える。
2.地震予知学とは
実用的な「短期予知」では地震の“短期的前兆現象”を捉えなければならない。これに対し、地震学は過去の地震を調べ地震のメカニズムを調べる学問である。実は地震観測は短期予知には不向きであると言える。なぜなら、地震計では起きてしまった地震の情報しか得られないからだ。
ここに地震の前に地下(断層帯)でなにが起こっているのかを簡単に説明しよう。割り箸をゆっくり折り曲げ続けてみよう。「ゆっくり」がポイントで、長年にわたり地震震源周辺でストレスが蓄積されることを想定し、破壊の前にパチッパチッというひび(クラック)が発生し、更にストレスが加わり破壊(地震)に至る。そのひび割れの時に、そのメカニズムは未解明でも、プラスとマイナスの電荷が発生し、直流なら巨大な乾電池が、交流なら小さなアンテナが多数発生すると考えられる。この震源域での電池あるいはアンテナの生成により、いろいろな電磁気現象が発生する。さらに、このひび割れは幸いにも地震の約1週間前であることは私たちには好都合である。地震学での「地震破壊核の形成」という発生メカニズムが解明されなくても、「短期予知」は可能である。
すでに否定しがたい短期前兆は電磁気現象だけでなく、ラドン、電気を帯びたガスの放出などあり、全て“非地震学”パラメータである。そのため、地震予知学に従事する研究者は、私のような電気/電子工学者、超高層物理学、プラズマ物理学、物理学の出身者がほとんどだ。同じ地震と言う言葉がついているにもかかわらず、地震予知学と地震学は全く別のものだと言える。
3.電磁気的短期前兆
地震の前に現れる前兆現象には二種類ある。一つは震源から直接的に放射される電磁ノイズで、いろいろな周波数で発生する。もう一つは人工的な電波の伝搬異常を引き起こす大気や電離層の乱れである。前者は、割りばしのパチッパチッによる発電メカニズムにより震源から電磁ノイズが発せられるもので納得しやすい。他方、後者は地下数10キロメートルで震源での何らかの原因により、高度100キロメートルにある電離層まで影響を与えるということで、当初はなかなか理解しがたいことであった。私たちが1995年の神戸地震の時に明瞭なVLF(周波数10kHz前後)送信局伝搬異常を見出した時も、電離層内での種々の現象を研究していた私たちにとっても、にわかには信じがたいものだった。すでに多数の電磁気前兆が世界各国から報告されているが、その前兆現象が長期的データに基づいて地震と明瞭な因果関係があるかが、実用的地震予知につながるか否かの最大の課題である。
(続く)
早川正士(電気通信大学名誉教授)