▶ 2017年2月号 目次
ニュース国際発信の日々 ~ロンドン、そしてソウル~(上)
羽太 宣博
ニュース国際発信~ロンドン
■問われるニュース国際発信
国際社会は絶えず変容する。せめぎ合ってやまないパワーポリティックスに、国際情勢はときに大きな転換点を迎える。
その世界で昨今、不合理なゆえに理解できず、理不尽なゆえに憤りさえ覚える事象が相次いでいる。ISに代表される過激派組織によるテロは、シリアやイラクにとどまらず、ヨーロッパやアジア各地でも繰り返されている。平穏な暮らしを踏みにじられた市民の表情に、戦闘を逃れてヨーロッパに流入する難民・避難民の姿に、自由、民主主義、人権という共通の価値観が損なわれている世界が見える。ロシアによるクリミアの併合、南シナ海などにおける中国の海洋進出など、国益を剥き出しに力で現状を変えようとする動きを看過することはできない。そこには、二度にわたる悲惨な戦禍を経験した政治家や知識人が生み出した、平和と安全のための国際秩序や法の支配を蔑ろにする現実が見え隠れする。アメリカ大統領選挙では、泡沫候補とも評されたドナルド・トランプ氏が選出され、就任演説で自国の国益を最優先する「アメリカ第一主義(America First)」を改めて宣言した。激しい抗議デモが起こる異例の就任式を終え、独自の政策を盛り込んだ大統領令に相次いで署名している。今後どのように実行していくかは予見できず、慎重に見極めるほかはあるまい。一方、ヨーロッパでは、EUの単一市場からイギリスが離脱することを決めるなど、保護主義が目立つ。冷戦以降、自由貿易や新自由主義を柱にして進展したグローバリズムが経済格差や生活不安という「ダークサイド」を生み出し、その反動としてのナショナリズムが台頭している。歴史的な転換期を迎えたように見える国際社会は一段と不透明さを増し、既存の価値観や世界観が通用しなくなっているように思える。
混沌とした国際社会に、日本はどう向き合っていくべきなのか。また、平和で真に豊かな社会を目指す我々の進むべき道はどこにあるのだろうか。これらの疑問に答える手がかりとして、メディアには二つのことが問われているように思う。まず、国際社会で今何が起きているのか、その背景に何があるのかを多角的に伝える「ニュース国内発信」。もう一つは、本稿のテーマ「ニュース国際発信」である。国際社会の変容を的確に捉え、日本で今起きていること、日本の立ち位置をしっかりと世界に発信できているのであろうか(注1)。政治・外交、経済、社会はもとより、科学技術や文化・芸術などあらゆる分野にわたって、日本の「今」を世界に発信すべき時代に入って久しい。明確な指標を見失いかけた国際社会であるからこそ、ニュース国際発信の意味や在りようが厳しく問われよう。
■ニュース国際発信と私
ニュースと私との関わりは、1974年、記者として赴任したNHK秋田局に始まる。その後、社会部、仙台局などを経て国際部に異動し、シドニー支局やアジアセンターで国際ニュースと向き合った。衛星放送部では、国際情報番組のキャスターも経験し、発信の最前線に立つ機会を得た。退職後は関連会社に転籍し、NHK国際放送の発信業務に関わり、ロンドンの日本語衛星放送「JSTV」(注2)の放送担当副社長として4年過ごした。
また、帰国して1年後、韓国KBSの国際放送、「ワールドラジオ」日本語班の校閲委員(注3)として、韓国発のニュース国際発信に携わることができた。
ロンドン、そしてソウルでは、ニュース国際発信をじかに見つめ続けることができた。ロンドンでは、あの未曽有の災害となった「東日本大震災報道」を体験し、ニュース国際発信を根底から見つめ直す貴重なきっかけとなった。一方、ソウルでは、李明博前大統領が竹島(韓国でいう独島・トクト)に上陸したのを機に、日韓関係がいっきに冷え込んでいく2年間となった。日韓双方の主張や国益が真正面からぶつかるニュースと連日向き合い、ニュース国際発信を見直す日々となった。気になるニュースや出来事が多々あった。それら一つ一つを日記やメモのかたちで残している。ロンドンでの東日本大震災報道、そしてソウルでの日々を回想することで、今問われるニュース国際発信の意味と在りようをあぶり出していきたいと思う。
羽太 宣博(NHK元記者)
注1) NHKは外国人向け国際放送を通じて、「諸外国のわが国にたいする理解を深め、国際間の文化お
よび経済交流の発展に資し、ひいては国際親善と人類の福祉に貢献する」とし、その番組編集基準として以下の3点を示している。
1)ニュースは、事実を客観的に取り扱い、真実を伝える。
2)解説・論調は、公正な批判と見解のもとに、わが国の立場を鮮明にする。
3)わが国の世論を正しく反映するようにつとめる。
注2) JSTV(Japan Satellite TV)は、1989年にNHKの関係会社がロンドンに設立した日本語衛星放送局。ヨーロッパ、中東、東欧などに在住する日本人を対象にした有料の放送局で、主にNHKのニュース、ドラマ、スポーツ、ドキュメンタリー、音楽番組、子供番組、アニメや映画などを編成し、1日24時間放送している。
注3) KBSワールドラジオ日本語班の校閲委員は、主に韓国語ニュースを日本語に書き換えた原稿について、表現や語句、分かりやすさ、事実関係をチェックするデスクまたはアドバイザーの役割を担う。また、ラジオ番組にパーソナリティとして出演する。KBSのワールドラジオは現在、韓国語のほかに、日本語、英語、中国語など11の言語で放送され、日本語放送は1955年にスタート。校閲委員は1985年からこれまでに9人が勤務している。