▶ 2017年2月号 目次
ニュース国際発信の日々 ~ロンドン、そしてソウル~(下)
羽太 宣博
ニュース国際発信~ロンドン
■テレビ映像の力
11日の午後遅くなって、七ヶ浜町の母親を気遣っていたスタッフから電話があった。ようやく母親と連絡がつき、身辺に大きな被害もなく無事を確認したという。一方、日本からは、断片的ながら深刻な被害情報が相次ぎ、広域停電や大量の帰宅難民といったニュースも入っていた。被害の全体像はなおはっきりしないものの、壊滅的な被害が予測できた。気になるニュースがすでに正午前から伝わっていた。東京電力福島原子力発電所では、点検中も含めた5つの原子炉がすべての交流電源を失い、「緊急事態」に陥っていたのである。また、原発から半径3キロの地域の住民に、「避難指示」が出ているという。
私には、やり残した仕事があった。震災報道がすでに12時間以上続くなか、翌日以降の番組編成方針を決める必要があった。地震や津波などの災害、首相会見、国政・外交などに関わる重大事案の報道では、JSTVはNHKの放送を同時に伝えることになっている。是も非もなかった。番組がいつ終わっても対応できるフィラー(放送の隙間を埋める調整映像)やスタンバイの番組をいくつか準備し、JSTVとしてもヨーロッパ各地の在留邦人に向け、地震・津波情報をそのまま放送し続けることにした(注6)。社員全員にこの方針を徹底してところで一段落がつき、帰宅することにした。一報を受けて家を飛び出してから、すでに13時間経過していた。JSTVから最寄りのモアゲート駅から地下鉄に乗り込むと、ラッシュは過ぎていたものの、混雑していた。隣合わせで立つ見知らぬイギリス人2人が、私を日本人と気付いて声をかけてきた。「津波で実家に被害がなかったか」「家族や友人は無事か」「原発は大丈夫なのか」などと矢継ぎ早に案じてくる。BBCやSKY、ユーロニュースなどのテレビや新聞を通して、日本の惨状を知っていたに違いない(注7)。その気遣いの裏に、映像に圧倒されたことで、さらに気になる日本の最新情報を日本人の私から聞き出したかったのだろうと察した。
グローバル化とともに、日本の国際発信力の強化が叫ばれて久しい。NHKでは、1995年にテレビ国際放送を開始し、完全英語化したNHKワールドTVを2009年に開始している。日も比較的浅く、なお課題が残るなか、今回の東日本大震災報道は、日本の「ニュース国際発信」の歴史に新しいページを開いたことは間違いない。とりわけ、巨大津波が襲う中継映像は、世界中の人々に津波災害の非情さを伝えるとともに、テレビ映像のもつ力を余すことなく見せつけるものとなった。また、午前6時前の巨大地震発生から、慌ただしく過ごした3月11日はただ長く感じる一日だった。また、私には、日本の「ニュース国際発信」の意味と在りようを見つめ直すきっかけの日でもあった。
■気になる福島原発
自宅の最寄り駅、ウッドサイドパークの10分ほど手前で席が空き、座ることができた。目を開けても閉じても、あの津波映像が何度も脳裏に浮かぶ。地下鉄を降り、駅から続く歩道へ出ると、一家団らんの場を点す居間あたりの灯りが漏れている。地震と津波で大規模な停電が発生し、東北6県のおよそ460万世帯が停電したままになっているのを思い起こした。そして、電源を失った福島原発では今何が起きているのだろうかと、不安は募るばかりだった。テレビ見たさに家路を急いだ。
羽太 宣博(NHK元記者)
(注6)JSTVは、3月11日の地震発生直後から、通常の番組編成をすべて取りやめ、NHKの地震・津波報道だけを18日までの1週間にわたって放送し続けた。19日以降は、大河ドラマや連続テレビ小説、子供向けの番組などを徐々に放送を開始した。
(注7)NHKでは、地震発生から1週間の間に、NHKワールドTVが海外の放送局にどの程度利用されたかについて緊急調査を実施している。NHKの映像をテレビ・ネットで同時に放送・配信したことが確認された放送局は、BBC、フランス24、ユーロニュース、アルジャジーラなどとなっている。(NHK放送文化研究所「放送研究と調査」2011年5月号)