▶ 2017年3月号 目次
ニュース国際発信の日々 ~ロンドン、そしてソウル~
ニュース国際発信~ロンドン(上)
羽太 宣博
■気がかりな福島第一原発
英国時間の3月11日午後8時(以降すべて英国時間)、ウッドサイドパークの自宅に戻った。地震発生から14時間あまりが経過し、地震・津波による深刻な被害の実態が徐々に詳らかになりつつあった。2度にわたって赴任した仙台、そして何度も訪れたことのある三陸沿岸を気遣う気持ちは募るばかりだった。その高まりが、自宅玄関に入るなり、私をすぐに居間のテレビに向かわせた。NHKの地震津波報道は切れ目なく続いていた(注1)。午後10時には、死者・行方不明者が1000人を超えたという。「壊滅的な被害」が予測できた。さらに気がかりなのが福島第一原発だ。地震と津波によってすべての電源を喪失し、原子炉の冷却機能が失われるという「緊急事態」に陥っていた。ただ、その「緊急事態」の意味は、衝撃的な津波の映像に圧倒されてか、よくわからないままに時間だけが過ぎていった。1号機は、その後、炉心の水位が大幅に低下、さらに格納容器の圧力が設計圧力を大幅に超えて上昇するなど、いつ破裂してもおかしくない状態になっていた。また、住民の避難指示が原発から半径3キロから10キロ以内にまで拡大されたこと、政府の緊急災害対策本部長である菅直人総理が現地を視察したこと、圧力容器の圧力を下げるための、ベントと呼ばれる格納容器からの水蒸気の放出作業がじきに始まることなどが相次いで伝えられた。
「福島第一原発は今どうなっているのか」「このままで大丈夫なのか」という、最も気がかりな情報については確たるものもなかった。午前0時過ぎ、就寝。長い一日を終えた。福島第一原発の破局が刻々と近づきつつあることを知る由もなかった。
■水素爆発と放射性物質の放出
12日午前5時、いつもよりやや早く目覚める。JSTVは、1号機の炉心水位が下がり、炉心の半分が露出したとみられること、格納容器から水蒸気を放出するベントが1号機で実施されたことなどを伝えている。事態は一進一退の様相にも見えた。出勤する準備を整えた8時前だった。JSTVが「1号機あたりで、爆発音が聞こえたあと、白い煙のようなものが見えた」という、原発職員の目撃情報を伝えた。その後、この爆発は原子炉そのものの爆発ではなく、原子炉から発生した水素が建屋の中で酸素と反応して爆発したものと判明する。
その後、福島第一原発では、3月14日午前2時過ぎ、3号機の建屋も水素爆発で吹き飛ぶ。さらに、4号機も14日午後9時10分、水素爆発を起こす。その後、1、2、3号機ともに、核燃料を収納する被覆管の溶融によって核燃料ペレットが原子炉圧力容器の底に落ちる炉心溶融(メルトダウン)を起こしていたことが判明する(注2)。この事故により、大気中や太平洋に大量の放射性物質が放出された。原発から北西方向中心に7つの自治体で、今なお住むことのできない帰還困難区域が設定されたままで、復興を妨げている。
1号機に続く3号機と4号機建屋の水素爆発によって、福島原発の事故は、メルトダウンとともに水素爆発も伴う過酷な事故(シビアアクシデント)となった。また、1986年4月のチェルノブイリ原発事故にも匹敵する原子力災害となり、世界から注目をあつめることとなった(注3)。これによって、東日本大震災は、未曽有の被害をもたらした地震・津波災害に加え、原子力災害も重なる「複合災害」へと変容する。それ以降、日本のメディアは、地震・津波報道から、次第に原発報道にも力点を置く報道へと切り替わっていった。また、ヨーロッパの各メディアも、主にNHKワールドの映像を使いながら、原発事故に焦点を当てた報道が目立つようになっていく。
羽太 宣博(NHK元記者)
(注1)JSTV(Japan Satellite TV)は、ヨーロッパおよび中東・ロシア・北アフリカをサービス範囲に、フランス・Eutelsatが運営する通信衛星HotBird6を通じて放送を行っている。JSTVと契約すると、この衛星を使って放送するBBCワールド、フランス24、アルジャジーラ、CCTV9、アリラン放送などの国際放送を受信することができる。
(注2)経済産業省原子力安全・保安院は2011年6月6日、東京電力福島第一原子力発電所の1~3号機でメルトダウンが起きていたとする独自の解析結果を公表。事故発生から3か月近く経過してからのメルトダウン認定に、「遅すぎる」との批判も上がった。
(注3)福島第一原発事故は、国際原子力事象評価尺度で、チェルノブイリ原発事故と並び、最悪のレベル7の深刻な事故に分類された。