▶ 2017年4月号 目次
ニュース国際発信の日々
~ロンドン、そしてソウル~
ソウルへ赴く(下)
羽太 宣博
■KBS着任と日韓の対立
2012年9月4日、KBSワールドラジオ日本語班に着任した。KBS本館は、ソウルを東西に流れる漢江の中洲、汝矣島(ヨイド)にある。国会議事堂や高層ビルが立ち並ぶビジネス街に囲まれ、5階の居室からは目の前に汝矣島公園が広がっている。校閲委員としての日課は、1日平均10数本のニュース原稿に加え、企画やコーナーの原稿を校閲するものであった。原稿は、日本での滞在や留学経験を持ち、日本語に精通した職員やスタッフがKBSや通信社のニュース原稿を日本語に翻訳して作成する。私はその表現・語句、分かりやすさなどを精査し、事実関係も確認していく。校閲が終われば、その日に放送する15分のニュースオーダーを決め、収録に立ち会い放送に備える。竹島をめぐって、日韓が激しく対立し始めるなか、着任初日、韓国の国会が日本に対し、竹島の領有権の放棄と慰安婦問題に対する謝罪を求める決議を採択したとのニュースで洗礼を受けたのを今も覚えている。
軋む日韓関係が悪化するにつれ、日韓関係をめぐるニュースは、日韓の対立の構図をより鮮明にしていった。円安ウォン高、安倍首相の靖国神社参拝、対馬からの仏像窃盗事件、橋下大阪市長による慰安婦問題発言、米韓首脳会談における朴大統領の日本批判、福島原発の汚染水問題と東京オリンピック招致、日本の集団的自衛権の行使容認の閣議決定に対する反発、サンケイ新聞加藤支局長と名誉棄損事件など、日韓双方が激しくやり合うニュースが続く。
■校閲とニュース国際発信
こうしたニュースの校閲にあたって苦心したのは、何よりも真実、そして客観的な事実を踏まえたうえで、日本と韓国の立場や主張をどう表現するかという点だった。国益と国益が真正面からぶつかり合う韓国のニュースを日本に向けていかに伝えるのかも重くのしかかる。
朝鮮日報や中央日報など韓国メディアがウエブ上に掲載する日本語版は、韓国の立場を捉えるうえで大いに参考となった。その一方、こうしたメディアは往々にして反日を煽るかのような論調で伝え、ニュース国際発信の報道姿勢の在り方として、何度自問自答したことだろうか。まさに、ニュース原稿の1本1本に、ニュース国際発信の意味と在りようを再考する日々となった。
2014年9月2日、私は校閲委員の仕事を終えて韓国より帰国した。丸2年のソウル生活だった。日韓関係からみれば、最悪の730日だったと思う。この間、韓国のニュースを日本に発信し続けた日々の出来事が私の日記やメモに記されている。次号以降、日韓関係に大きな影響を与えたニュースを中心に、一つずつ振り返っていきたいと思う。
改めて強調したい。世界各地で相次ぐテロ、絶えない内戦と紛争、深刻さを増す難民・移民の問題、格差や貧困問題などに、自由、民主主義、人権という人類共通の価値観が損なわれているように思えてならない。国益を剥き出しに力で現状を変える動きは、国際秩序と法の支配を蔑ろにするものとして看過できるだろうか。イギリスのEU離脱、トランプ大統領の「アメリカ第一主義」など、グローバリズムに対する反動としての保護主義は、一体どこへ向かおうとしているのだろうか。歴史的な転換期に差し掛かったように見える国際社会は不透明さを増し、既存の価値観や世界観が通用しなくなっているように思われる。今世界で何が起きているのか。また世界は何を目指すのか。これに答える手がかりとして、国際ニュースの国内発信とともに、アジアをも視野に入れた日本からのニュース国際発信が今ほど求められ、かつ問われている時代はなかろう。
ソウルで過ごした730日の日々を回想し、見つめ続けたニュース国際発信の意味と在りようを問い続けていく。
羽太 宣博(元NHK記者)