▶ 2017年5月号 目次

「ドキュメンタリー制作者を育てる」

天城 靱彦


 Tokyo Docs というドキュメンタリーの国際共同製作のためのイベントを毎年秋に開催して6年が過ぎた。7年目の今年も開催に向けて準備が着々と進行している。
T okyo Docs が他のイベントと大きく違うのは、ドキュメンタリー制作者が国際共同製作を目ざして自分の企画を世界の有力プロデューサーに売り込むことに特化していることである。この仕組みをピッチングセッションと呼んでいる。
 これまでに140本余りの企画がピッチングセッションでプレゼンされ、40本近いドキュメンタリー作品が国際共同製作で完成したり国際共同製作が進行中だったりしている。しかし世界の有力プロデューサーの前で自分のドキュメンタリー企画をプレゼンするのは決して簡単ではない。日本語によるプレゼンには英語の同時通訳が付くが、やはり英語のプレゼンが望ましい。しかも日本と欧米ではドキュメンタリーに対する考え方が微妙に異なっている。日本のドキュメンタリーが欧米と同じスタイルである必要はないものの、説得力あるプレゼンを行うためには、その違いを認識したうえで、自分の企画の魅力と独自性を印象付ける必要がある。
 こうした力を身に着けてもらうために、昨年Tokyo Docsにマスタークラスを開設した。優れた企画を持つ潜在力のある制作者に毎月1回の特別授業の機会を与えて、ドキュメンタリー制作者を育てようという特訓コースである。講師はドイツ人女性プロデューサーで、講義はスカイプを使ってドイツとインターネットでつないで行い、Vimeoというサイトを通じて映像素材を見ながら議論する。
 第1回の昨年のマスタークラスでは10数本の応募企画の中から3企画を選考した。4月の最初の顔合わせでは、まず英語による担当制作者の自己紹介から始まった。2人の女性制作者は英語が堪能で、自己紹介もそれに続く質疑応答も何ら問題なく終わった。しかし3人目の若手男性制作者は、自己紹介に多少難儀し、質疑応答は先輩女性プロデューサーの助けを借りて何とか乗り切った。
 ドイツ人プロデューサーからは多くの宿題が出された。自分の企画の狙いを明確にすることともに、最も重視されたのは、どのようなストーリーで描くかを明確にすることであった。ドキュメンタリーにストーリーなど不要であり、撮影する前にはどんなストーリーになるかは分らないし、まして、あらかじめストーリーを描いて撮影に臨むというのは、ヤラセを生むことになるのではないか、という批判が日本では強いかもしれない。しかし欧米のドキュメンタリー制作者の間では、ドキュメンタリーはある視点から描かれた映像によって伝えられるストーリーであり、ストーリーによって問題を解き明かさなければ何も伝わらないと認識されている。日本のテレビドキュメンタリーはストーリーがなく説明ばかりで何を伝えたいかが分らないという批判が根強い。日本人は起承転結の4段階で描くことにこだわるが、欧米ではギリシャ悲劇、シェークスピア、ハリウッド映画もすべて3幕構成であることを認識すべきだとも言われる。