▶ 2017年5月号 目次

ニュース国際発信の日々
~KBS校閲委員の730日~

羽太 宣博


李元大統領による竹島訪問
 
                          ■「イルボネソ ワッスムニダ(日本からきました)」
 2012年9月4日。ソウルは朝から雨だった。午前9時前、漢江の中洲、汝矣島(ヨイド)のKBSに着く。李明博元大統領が8月10日に島根県の竹島(韓国でいう独島:ドクト)に電撃訪問して3週間余り。また、天皇陛下に対する謝罪要求は、度を越えた非礼な発言として日本の反発を買い、日韓関係が急速に冷え込んでいく最中だった。KBSワールドラジオ日本語班(以後日本語班と略す)に一人初出勤する本音は、孤立無援の心境であった。
 日本語班では、チーフ以下職員3人とラジオの出演者らが笑顔で迎えてくれた。また、英語、中国語、ベトナム語などほかの10の言語班を回り、「アンニョンハセヨ!イルボネソ ワッスムニダ」とあいさつすれば、英語や日本語で親しく応え、「孤立無援」は考えすぎかとも思った。早速、仕事の説明を一通り受け、原稿の校閲に取り掛かった。この日出稿されたニュース原稿は合わせて10本だった。竹島関連の原稿はなかった。遅かれ早かれ、件のニュースを校閲する立場から、何よりも気になることがあった。

■韓国メディアの論調と日本
 悪化する一方の日韓関係について、韓国メディア(各紙日本語版を参照)や日本語班は、どのように伝えていたのであろうか。社説・論評はニュース原稿と違い、主張が色濃く反映される。竹島訪問の翌11日、大手各紙の社説は一様に韓国の立場を肯定し、擁護するものだった。韓国最大の発行部数を誇る朝鮮日報の社説は、「李明博大統領の独島訪問」と冷静な見出しながら、竹島訪問について、日本が韓国に対して犯した罪を反省せず、慰安婦問題や歴史問題で居直っているとし、これまでの日本の行動にこそ責任があると主張している。中央日報では、「竹島訪問は日本が自ら招いた」と題し、「韓国の領土を大統領が訪問するのはごく普通のこと」とし、(日本政府は)日本大使を帰国させ…大騒ぎ…」と表現し、日本の対応を冷ややかに論じている。東亜日報は、「日本に“独島は韓国領土”を知らしめた李大統領」との社説で、「正しかった」と表現し、竹島訪問を正当化する。
 一方、日本の大手新聞も竹島訪問を社説などで取り上げている。「大統領の分別なき行い」(朝日)、「日韓関係を悪化させる暴挙」(読売)、「竹島訪問の愚」(日経)、「暴挙許さぬ対抗措置とれ」(産経)など、訪問を強く非難している。メディアの世界でも浮き彫りになった日韓の対立の構図に、ジャーナリズムが元来陥りやすいナショナリズムやエスノセントリズム(自民族中心主義)が色濃く見えてくる。
 李元大統領の竹島訪問は、その後も日韓双方に様々な波紋を広げていった。武藤正敏駐韓日本大使の一時帰国、日本政府によるICJ=国際司法裁判所への提訴の動き、自衛隊と韓国軍の防衛交流の延期、広報合戦、日韓スワップ協定の延長問題などが相次ぎ、韓国側の厳しい用語や言い回しによる主張が目立った。日本政府が竹島問題のICJ提訴方針を決めると、韓国メディアは「国際司法裁に付託、紛争化狙う」「他国領土を狙う日本の独島提訴」「日本は歴史、国民感情、国内政治を独島問題に利用するな」「日本の独島ICJ提訴は策動だ」など、日本政府の対応をおしなべて批判・非難している。