▶ 2017年6月号 目次

<シネマ・エッセー>ターシャ・テューダー 静かな水の物語

磯貝 喜兵衛 


アメリカ東部の北端に近いバーモント州といえば、映画「サウンド・オブ・ミュージック」で有名なトラップ・ファミリーが、大戦中にオーストリアからアメリカに逃れて住んだ所。今もロッジや一家のお墓が残っているそうです。

そのバーモントの山奥で、絵本作家として92歳の半生を暮らしたターシャ・テューダ(1915~2006年)のカントリー・ライフを10年間にわたって追い続けたのがこの映画です。18世紀風のコテージを長男に建ててもらい、創作と畑と庭園づくりで自給自足の生活を続けてきた彼女は、スローライフの典型とも言うべき見事な姿で、見る者に人生のさまざまな問いかけをしてくれます。

「忙しすぎて、心が迷子になっていない?」
「必要な物を自分の手で作るなんて、素敵じゃない?」
「ごめんなさいね。何でもゆっくりで。」
「人生なんてあっという間に終わってしまうわ。好きに生きるべきよ」

懐にひよこを入れ、暖めてやっているシーンを見て思い出したのが、父方の祖母のことでした。滋賀県の農村で7人の子供を育てあげながら、最晩年は一人住まいを選んで静かに自活し、亡くなったときは枕元でひよこが歩き回わっていたという話が残っています。90歳を超えたターシャの横顔と、記憶に残っている祖母のイメージとが重なって、胸にジーンと来るものがありました。