▶ 2017年7月号 目次

<シネマ・エッセー>残像 

磯貝 喜兵衛


第2次世界大戦の発端となったナチス・ドイツのポーランド侵攻のニュースは1939年9月1日の夜、私が少年時代を過ごした大阪でも、新聞社の号外で報じられました。当時10歳(小学校5年)だった私は「1の日」ごとに近くの通りで開かれる夜店に行っていて、号外が配られていたのを今でも鮮明に覚えています。

ソ連圏とドイツに挟まれた東欧・ポーランドの悲劇はこの日に始まり、1945年5月のドイツ第3帝国の崩壊後も長く続くことになります。アンジェイ・ワイダー監督の遺作となった映画「残像」は大戦後、ソ連の影響下に置かれたポーランドでの一人の芸術家の悲劇を描き、政治の『冷酷さ』に異議を唱え続けるのです。

前衛画家として有名なストウシェミンスキーはポーランド中部の都市、ウッチで、大学教授としても活躍していたのですが、スターリン主義の政権下で、党のプロパガンダに協力しないため大学での職を奪われ、美術館から作品を撤去されたり、展示品が破壊されたり、迫害が日増しにひどくなって行きます。足が不自由なため、松葉杖を突く老画家の生活は悪化の一途を辿ります。画材の調達はおろか、食事すら満足に取れなくなり、日一日と追い詰められてゆく姿を、アンジェイ・ワイダ監督は非情なタッチで描き続けます。

半世紀前にさかのぼるワイダー監督の初期の作品、「地下道」や「灰とダイヤモンド」、近作の「カチンの森」などもそうですが、ロシア圏と西ヨーロッパに挟まれた東欧ポーランドという国の地理的条件から来る悲劇は、それを取り囲む大国のエゴによって生み出されてきたのです。昨秋、90歳で亡くなった同監督は、それに対し一貫して「異議申し立て」を続け、政治の冷酷さへの「怒りと告発」を映像化し続けたのです。