▶ 2017年11月号 目次

お客様は中高年 ~BSTV放送の最新事情~

荻野 正三


 日本でテレビ放送が始まって来年で65年。人間で言えば高齢者の仲間入りだ。「それで若者のテレビ離れが進むのか」というのは冗談だが、テレビが“若者のメディア”であった時代はもう終わっている。だが、テレビ業界はそのことを認めたがらない。無理に若作りをしてみるが、肝心の若者にはそっぽを向かれ、中高年からは、「見たいテレビがない」と嘆かれる。それが視聴者の実感であろう。
 そんな中で、「お客さんは中高年層」と認めて視聴者をつかんでいるテレビがある。BS放送である。民放の地上波でタレントが騒いでいる夜の時間帯に、静かな旅や歴史の番組が並ぶ。中高年なら懐かしい昭和歌謡番組も多い。男性視聴者向きの硬派のニュース番組もベルト編成されている。離島などの難視聴対策として、NHK単独でスタートしたBS放送だが、1987年に番組の独自編成が認められ、2000年からは民放キー局も加わった。独自編成から今年で30年とまだ若い。
 まずはBSが生んだ“珍現象”から。東京多摩地区のある市で9月に、昭和歌謡を合唱曲に編曲して、クラシックの若い声楽家たちが歌うコンサートがあった。BS-TBSの番組「日本名曲アルバム」の主催。芸大や桐朋音大出身でオペラのソリストとして活躍中の人もいる混声合唱団が、美空ひばりや越路吹雪の歌を聴かせた。お客の過半数は中高年の男性で、休憩時間の男子用トイレに長蛇の列。これは珍しい。終演後は、スター的な女子のコーラス団員を囲んでの握手会がロビーで開かれた。
 ウィークデーの昼間に外出するとすぐ分かることだが、展覧会でもグルメでも、出会うのは元気な中高年女性のグループばかりだ。まれに男がいてもたいてい一人である。握手会の光景に最初は、「いい歳をして」と思ったが、昭和の名曲を聴いて、美しい声の女性と握手。それでしばらく幸せならば文句を言うこともないと考え直した。
 「定年後」(楠木新・中公新書)というベストセラーの中にこんな記述がある。「60代半ばの男性と話して、『会社の同期生でイキイキした生活を送っている人の割合は?』と尋ねると、『全体の1割5分くらいでは』との答えが返ってきた」。楠によると、定年後も元気な人の共通項は、若い人との接点があり、彼らのために役立つことをしている。楽器の演奏など学生時代に取り組んだことをまた楽しんでいること、とある。