▶ 2015年10月号 目次
村上春樹の新刊を買い切りにした紀伊国屋書店の思惑
~取次への"ゆさぶり"が目的~(上)
佐久間憲一(牧野出版社長)
大手書店チェーンである紀伊國屋書店が、9月10日に発売された村上春樹の新刊『職業としての小説家』の初版10万部のうちの9万部を買い切りにする、というニュースが新聞を賑わした。その理由として、「インターネット書店への対抗策」と紀伊國屋書店は説明した。
9万部については自社店舗のほか他社の書店に限定して直接ないし取次を介して流通させる。同書の版元であるスイッチ・パブリッシングには5000部を取り置き、事実上Amazonをはじめとしたネット書店には5000部しか流通させない、という措置だ。
しかしながら、この記事を読んで、いったい何が〈ニュース〉なのだろうか、と疑問に思った読者(または何も感じずスルーした)が大半なのでなかろうか。記事を出稿した記者もことの本質をどれだけ諒解しているのだろうか。
いずれにしても、この〈ニュース〉を読み取るためには、出版流通の現状と抱える問題についての基本的な理解が必要であろう。詳細は省きながら、以下に説明をしたいと思う。
まず、再販制度(再販売価格維持制度)と委託販売制度という二つの制度が、出版流通を支える(特徴付ける)大きな柱となっている。前者は、いわゆる定価販売の義務づけ。日本中どこの地域、店で購入しても同じ値段である、ということ。後者については、小売店である書店がいつでも返品できる、というシステムである。
市場に流通している出版物(書籍や雑誌)の9割以上は、出版社(版元)から取次(卸)を通して書店、という経路で販売される。流通過程におけるそれぞれのマージンは、取次が8〜10%、書店が20〜24%といったところだ。出版社から取次への卸値(正味)は、出版社によって条件が異なるが、65〜70%。じつは、部戻しといって、ここから一律数ポイント間引かれる条件もセットになっているケースも少なくないが、ここでは触れない。
一例をあげれば、定価1000円の本があったとして、出版社から取次へは700円で卸し、取次から書店へは780円。書店の粗利は1冊売って220円。一見すると、書店の薄利に対して何と出版社が儲けているのか、となりがちであるが、本の製作には印刷・製本はもとより、著者の印税や校正・校閲、編集、デザインなどの費用と販管費も含まれている。
当然、お金の流れは「書店→取次→出版社」と経由する。書店は日銭が入り、取次へは月に2回(大手書店は1回)、支払いをする。さて、出版社は……となるが、委託販売という制度にしばられているため、たとえば新刊委託については定められたその期間(6ヶ月)後に、取次に入れた部数から返品部数を差っ引いた分が支払われる。要は、刊行した本の売り上げを出版社が手にするのが半年後、というわけである。
しかし、ここにも例外があり、老舗大手・中堅出版社をはじめとした約200社にかんしては、40〜100%の〈仮払金〉が、刊行の翌月には取次から支払われているのである。とにかく、新刊委託の本を取次に押し込めさえすればお金をつくることが出来る、というわけでこの制度が温存されていく理由の一つがここにもある。
<下につづく>
佐久間憲一(牧野出版社長)